泡盛と酒器:無限に挑戦できる世界” 琉球ガラス”の奥深さ 匠工房
お酒と文化
工房に併設されたショップの窓際にズラリと並ぶ、琉球ガラス。外から差し込む自然光が、一層、琉球ガラスを美しく見せ、色鮮やかな世界を作り出しています。
水色や青、緑、オレンジなどのグラスや皿、花瓶、ランプなど、幅広い琉球ガラスのラインナップを手掛けているのは、沖縄本島中部・うるま市にある『匠工房』。代表を務めるのは、自らも職人である、松田英吉さんです。1981年から琉球ガラスに関わり始め、今年で40年目を迎えた琉球ガラス職人としての人生。見習い当時、バブル全盛期の琉球ガラス工房での話や、琉球ガラスへと注ぐ熱い想いについて語っていただきました。
琉球ガラス職人としてのスタート

恩納村出身の松田英吉さんが、琉球ガラスに関わり始めたのは学生の頃。高校を卒業後、夜間の大学へ通い始めるまでの休み期間、琉球共栄ガラス工房(現:恩納ガラス工芸育成センター)でアルバイトを始めたのをきっかけに、琉球ガラス職人としての道を歩み始めました。友達からアルバイトを募集していると聞いて踏み入れた世界は、知らないことだらけだったと話します。
「アルバイトをしようと探して見つけたのが、同級生が教えてくれた琉球ガラス工房。恩納村の前兼久に住んでいて、隣の冨着にガラス工房があって、歩いて行ける距離、車で5分ぐらいで近くにあるのがいいなと思って。最初は軽い気持ちでした。誰が社長かも分からない。ガラス工房で何をしてるのか、琉球ガラスが手作りで作られていることも知らないまま行って、そこからガラス業界に関わっています。アルバイトからそのまま就職したから、いままで一回も履歴書を書いたことがなくて、アルバイトが本業になった」。
バブル全盛期の琉球ガラス工房の話

松田さんが経験を積んだ琉球共栄ガラス工房は、言わば老舗店。当時はバブル全盛期でした。
「あの頃は、観光客が年間120万人ぐらい沖縄に訪れた時代。琉球共栄ガラス工房には、70万人ぐらいのお客さんが来て、駐車場も常にバスでいっぱい。琉球ガラスを作っても、翌日にはすぐ売れるって時代でした。当時、職人が27人ぐらいいたかな?各5、6名のチームを作って、種類によっては、40~100個レベルでグラスとかを流れ作業で作ってた。とにかく、たくさん作れって指示のもとやってたね。いまとは、ちょっと違う」。
そんななか、職人の見習いとして技を極めていくことになります。
「見習いって字のごとく、手取り足取り教えられるのではなく、見て学ぶ、見て覚える世界。毎日、同じ工程の中でリピートしていく。ガラスを巻く工程で1年ぐらい。吹きが4、5年ぐらい。完全に仕上げられるまでは、人にもよるけど6~10年の工程を踏んでいって、やっと一人前。でも、作れるから職人!ではなくて、ある程度一定のものが作れて、流れの作業に乗るっていうのが職人の暗黙の了解。毎日、作るものが違うから、すべて作れてこそ、すべて習得してこそ一人前の世界」。
琉球ガラスの “ 匠 ” を目指して…

琉球共栄ガラス工房を独立後、職人仲間と那覇市楚辺にガラス工房を設立。さらに、2000年からは自身が代表を務める匠工房を読谷村・座喜味に設立し、2007年に現在の場所、うるま市・石川へと移りました。『琉球ガラスの “ 匠 “ になりたい』、という想いを込めて名付けた匠工房。その名の通り、伝統を守りつつ、新しいことにも挑戦し続ける、匠の詰まった琉球ガラスを作り続けています。
「自分がやりたいことをやるには、工房を立ち上げるのが近道と思った。志としては、いままでにない琉球ガラスを作ること。琉球ガラスって廃ビンを使ってて、一色ものってイメージでした。だけど、匠工房は、原料であるバッジを使って、色を豊富に使えるようにした。色の種類は100どころじゃないよ。組み合わせも無限で、一生かけても使い切れないかも。色のセンスが必要で、そこの難しさも、楽しさの一つだったりする。いろいろ模索しながら、常に進化していきたいから、終わりがない。無限大に挑戦できるから、職人として、高くモチベーションが持ち続けられる。毎日、ちょこちょこって進化してるつもりですよ。作るペースは同じだけど、デザインの一部を動かした方がいいかな、ねじったらどうかな。ねじるとしたら1か所だけなのか、どうするか……とか……。別々のデザインを足してみることもあります」。
生まれ育った地元をテーマに生まれる作品

先にも書いたように、松田さんは恩納村出身です。生まれ育った地元をテーマに、数々の作品が生まれています。また、匠工房から生まれたデザインが、いまや琉球ガラスのスタンダードとなっているものもあり、自社に留まらず、琉球ガラスそのものの可能性も広げています。
「恩納村は、漁業の盛んな場所で、目に付くところは海と空。海に関連するネーミングを付けたものが多くて、『イラブチャー』ってグラスや小鉢があります。ベースは水色で、緑、青ををたまに入れてて、聞いての通り、魚のブダイをイメージしたカラー。うちなんちゅがイラブチャーって聞いて、フフって笑いよったけどね(笑)。あと、『海の泡』は、水色がベースで、中に自社独自の泡が入ってる。『さざ波』は、2色使いで上が透明。これは、元々は単色だったけど、2色使いで作ってみたところ、匠工房の商品の色使いがいいって評価されて、いまでは普通に見かけるようになったかな。マネとまでは言わないけど、同じようなものができてもいい。(匠工房で)独自に生まれた技術が、沖縄の琉球ガラス工房の進化に繋がるならね」。
琉球ガラスに懸ける想い

職人としての “ 琉球ガラスに懸ける想い ” 。松田さんの話を聞いていると、匠工房の進化、そして、琉球ガラスそのものの価値を高めようと技術、知識を注ぎ込む熱意が伝わります。
「人間の一生って働ける時間が決まってて、寿命も決まってる。その中で、どれだけできるか、どれだけ進化していけるかが楽しみ。いまの時代は、SNSがあるじゃないですか。YouTubeとかで最先端をいくヨーロッパのガラス製品や技術を見ると、まだまだやれることはあるなって感じる。琉球ガラスの可能性を広げられるって思う。それに、工房は今後も続けていきたいので、どう進化させ、後輩にどう繋ぐかを考えてる。自分では終わらせない。継承していく。技術はある程度教えたらできると思うんですよ。あとは、どう進化させていくか。大きな舵取りはしっかりして、あとは本人が持ってる感性や技術を伸ばせる環境を整えたい。沖縄の琉球ガラス工房にいる方の刺激になるような工房で、沖縄全体、琉球ガラスの底上げをできる場でもありたいですね」。
松田さんの話を聞く前と後では、店頭に並ぶ、琉球ガラスの見え方が変わりました。美しい琉球ガラスに、イキイキとした息吹を感じ、一つひとつのグラスや皿などのストーリーをより知りたいと思いました。それは、松田さんが、琉球ガラスの可能性を信じ、進化していく “ 楽しさ ” を感じながら、職人としての道を極めていることを知ったからだと思います。
時代のニーズに合ったモノも生み出しながら、進化していく匠工房。次はどんなことでワクワクさせられるのか?あっと驚く、新たな琉球ガラスと出会わせてくれるに間違いありません。
<松田英吉さんProfile>
松田英吉(まつだひでよし)。沖縄県出身。アルバイトとして足を踏み入れたのをきっかけに、琉球ガラスの世界へ。琉球共栄ガラス工房(現:恩納ガラス工芸育成センター)で職人としての技を磨き、仲間とともに立ち上げた工房などを経て、匠工房を設立。スタッフとともに、琉球ガラスを生み出している。
匠工房
住所:沖縄県うるま市石川伊波1553-279
電話番号:098-965-7550
営業時間:9:00~18:00
定休日:水曜
公式HP:https://www.takumi-kobo.com/
Photo&text:三木愛海