泡盛と酒器:県産木材使用。同じ木目の作品は一つとして生まれないオンリーワンの木工食器
お酒と文化
木の独特の香りが漂う工房で、食器やアクセサリーなどをハンドメイドで作るのは、木工作家の森田敦子さん。使用するのは県産木材で、主に琉球松やクス、センダンなど。木の種類や強度、木目など、一つひとつの材質を見極めながら作品を仕上げていきます。『同じ木でも、使う場所によって、いろんな木目の出方があります。それぞれの個性を活かしてあげたい』と話す、森田さん。一つひとつに愛着を持ちながら丁寧に仕上げ、新たな息吹を吹き込んだ作品は、どれも温もりがあります。天然素材だからこそのシンプルさ。でも、一つひとつがとても奥深い。森田さんを通して、木工の世界を覗きたいと思います。
木工の産地、神奈川県小田原の玩具メーカーに就職

森田さんが、木工に興味を持ち始めたのは高校時代。絵を描くのが好きで、美大への進学を考えていたときでした。大学案内のパンフレットで紹介されていた写真に目が止まり、木工との出会いを果たします。
「進学にあたり将来を考えたとき、油絵とかでは食べていけないな…と思って、グラフィックデザインの道に進もうと思いました。そう考えながら大学のパンフレットを見ていたら、椅子を作っている写真があって。そこで興味が湧いて、デザイン科の木工コースを受験しました。そこで、初めて木工について学びました」。
大学で、木工の基礎や実技を学び魅了された森田さんは、木工に携わる仕事を探します。卒業後、就職したのは、神奈川県小田原市にある玩具メーカーでした。
「小田原は木工の産地で、昔から木工の伝統工芸品が盛んでした。小さな木工の玩具を作っているメーカーに就職し、デザインや企画を担当しました。でも、私ができるのは図面まで。実際に作る工程は工場で進めていくんですが、見ているうちに、やっぱり作る側になりたいという想いが強くなって。2年半ほど勤めたあと、愛知県の木工作家・井崎正治さんに弟子入りして、本格的に木工の勉強をしました」。
木工作家というジャンルを作った一人、井崎正治氏に師事

弟子入りしたのは、木工作家として愛知県を中心に活動する井崎正治氏。木工家具のほか、木彫や絵画、建築も手掛けるなど、多岐に渡る才能を持ち合わせています。井崎氏のもとには、年間30人ほど弟子入り希望者が訪れるのだとか。その一人として、森田さんは、改めて木工について学び始めます。
「井崎さんからは、機械の使い方、鉋(かんな)など手作業の道具の使い方はもちろん、打ち合わせや展示会にも連れて行ってもらったので、納品の仕方や店番、接客の仕方も学びました。いまに繋がる、一人でやる術を全部教えていただきました。井崎さんは、とにかく話が上手で、トークでも人を惹き付けられる方。知識が豊富で、人間的な魅力もすごかったです」。
弟子入りしてからは木工漬けの毎日で、同世代の友達が遊んでいるときも修行の日々。一日のすべてが木工だったと話します。覚えることが山のようにあり、ときには、県外の展示会にも同行。思った以上に体力も必要だった。それでも、木工作家になる夢がブレなかったのは、目紛しく終わる日々の中でも、得るものが大きかったからでした。
「まずは、鉋や刃物など、道具を丁寧に手入れすることが大事。使い始めた当初は、手入れすら上手にできなくて。研ぐとき、刃先がグラグラして一定の角度を保てず、刃がまぁーるくなっちゃうんですよ。すると、刃先がまっすぐ研げない。すると、作品にも影響が出てくる。刃物を研ぐ時間が早くなったり、よく削れるように研げると作業も早くなる。なので、当然、制作時間に反映される。刃の切れ具合によっても完成度が変わってくるので、道具を大切にすることを学びました。ハードな毎日でも修行を続けられたのは、作るのが楽しかったから。そして、確実に技術が身についていくからでした。とにかく、できることが増えていくことがうれしかったです。作るものによって作り方、使う道具も変わるので、学ぶことがたくさんありました。知識が増えると、自分の手が自然に動いて、作りたいものをつくれるようになる。(木工作家として独立していますが、)いまでも、できないことってあるんです。でも、その度にチャレンジする。地味ですが、その積み重ねが大事ということを学びました」。
漆を学ぶため、沖縄へ移住。そして、独立

森田さんは、井崎氏のもとで5年半ほど木工について学んだ後、なんと沖縄への移住を決めます。愛知県に在住したままの方が活動の場も広く持てそうですが、なぜ、沖縄への移住を決めたのでしょうか。
「愛知にいたとき、仏壇とかに漆を塗る作業も経験しました。工芸品というより、(木工アイテムの一つするための)塗装として漆を使いたくて、漆の技術を身につけようと思いました。学べる場所を探していると、沖縄と香川で、1年間無料で教えてくれるところを見つけて。どちらに行こうか迷いましたが、南風原にある、沖縄県工芸指導所(現:沖縄県工芸振興センター)で学ぶことを決めました。(沖縄への移住を決め手となったのは)沖縄は小さな島だけど、いろんな工芸があると知りました。通常なら、焼き物など、一つの工芸がメインの産地が多いと思うんですが、沖縄は焼き物や織物など、いろんな工芸がある。それが魅力的でした。沖縄県工芸指導所は県の機関で、工芸の後継者を育成する場。木工と漆、織、紅型の4コースがあります。その中の、漆コースで、工程などを学びました」。
沖縄県工芸指導所では、パートナーである漆芸家・森田哲也さんとの出会いもありました。そして、独立後、八重瀬町に「工房 ぬりトン」を設立。ちょうど、首里城を塗り替える話があり、工房で作品づくりをしながら、首里城で漆を塗る作業も並行して行なったそうです。ちなみに、哲也さんは、現在も首里城の漆塗りに携わってるのだとか。復興再建が進む首里城に、漆芸家としても関わっています。
沖縄県産木材の特徴を活かし、木に新たな役目を与える

図工室で見かけるような木を加工する機械、制作に必要なノコギリなどの道具が壁にかけられた工房。部屋の隅には、使用する木材が立てかけられており、木の香りが充満しています。
「沖縄の県産木材を使っています。使っているのは、主にセンダン、琉球松、楠、アカギ、ハマセンダン、相思樹、イジュ、イタジイとか。沖縄は植林しているところが少なくて、道路を作るときに倒した木、伐採することになった街路樹などの木材などを仕入れてくるので、欲しい木材が必ずあるというわけではないんです。しかも、木だったらなんでも使えるかというと、そういうわけではない。柔らかい木もあれば、硬い加工しにくい木もあって、モノによって使う木も変わってきます。例えば、お皿は柔らかすぎず硬すぎない木を使います。柔らかいと角でぶつけたりするとへんこでしまうし、硬いと加工が大変。作る時間がかかってしまうと、値段も高くなってしまうってデメリットもあるので、お皿に合わせた木材を選びます」。
木の種類や強度、木目など、個性の異なる木材を使いわけ、木に新たな息吹を吹き込んでいる森田さん。一つひとつの木に対して愛着があり、木工を作る際に大切にしていることがあります。
「割れていたり、節があったり、ときには自分より歳を取っている木もあるけど、どの木も簡単には捨てられない。年輪を見て、この一つの幅が1年か……って、考えるとね。だから、きれいなものばかり選ばない。どんな木でも、どうにかして使ってあげたい。だって、自分もきれいじゃないって言われたら、イヤだなって思うから。アイドルじゃないけど、この子の良いところはどこかなって、考えて作っています。同じ木でも、使う場所によって、いろんな木目の出方があります。それぞれの個性を活かしてあげたい。だから、きれいに木目を活かせたり、割れていたとしても、割れた部分を活かしたデザインで良いひらめきが生まれるとうれしいです」。
木工食器のお手入れは大変?いいえ、気軽に利用してください

森田さんが手掛ける木工作品は、食器類や箱もの、アクセサリーなど。昔は、小さな箱などを手掛けることが多かったそうですが、食にまつわるものを作りたいと思ったのをきっかけに、お皿やスプーンなど、少しずつアイテムを増やしてきました。一つでも木工食器があると、食卓に温もりが加わりますが……。ここで気になるのがお手入れの仕方。森田さんが手掛ける木工食器は、用途に合わせた加工が施されているので、気軽に使えます。
「お皿など食器類は、見た目からは分かりませが、ガラス塗料を塗って、木材の中をガラスでコーティングしています。お水も弾くし、油を使っても染み込みません。ガラス自体はケイ素で自然界にあるものなので、ガラス塗装は自然寄りなんです。ただ、カッティグボードは、ガラス塗装だと包丁をいれたときに刃を傷めてしまうので、オイル塗装にしています。オイル塗装のものは、油が染み込んだり、カレーだと色がつきやすいので気をつけていただいて……。表面がカサカサしてきたら亜麻仁油、クルミ油などを摺り込むと良いですが、使うたびにお手入れしなくても大丈夫です」。
木のお皿はカビが発生することがあります。その場合、オイル塗装の木工であることが多いようです。高温多湿な沖縄ならではの事象ですが、多湿な外に出したままだとカビの原因になるそうです。自然に発生するものとはいえ、食べ物を盛りつける食器だと抵抗がある方も多いかと思いますが、ガラス塗装が施されているので、使う側としても木工食器を利用しやすくなるのがうれしいところ。また、森田さんが手掛けた木工食器であれば、傷んだりした場合、修理も可能です。刃のあとがたくさんついた場合でも削り直しを行なうなど、傷み具合などに応じて修理を行なってもらえるのも、長く愛用できる手作り木工の良さです。
木工作家としての楽しみ、そして今後について…

木工作品には、選ぶ人によって好みが分かれるそうです。木目重視で選ぶ方もいれば、節目や割れ目があったりと、より個性の強いものを選ぶ方もいる。木工を作る楽しさはもちろんですが、自身で手掛けた作品が誰かの手に止まり、そこから新たなストーリーが刻まれていくことへの喜びも、木工作家としての楽しみだと話します。
「基本、手を動かしているのが楽しい。写経や座禅のように、作っている間は無になります。集中できるのが、気持ちいい。あと、木を削っている音や感覚も好き。木の匂いって、削るとまた変わるんですよ。その香りも好きです。でも、いちばんの楽しさは、人と人とのつながりかな。モノを通して、むこう側にいるお客さんとの繋がれることがうれしいです。とくにクラフトフェアとか、直接販売すると、お客さんとの会話から勉強になることが多いです。自分では悪いと思ったのに、お客さんからの反応は良かったり……なんてこともあるので、自分の感覚だけで決めてはいけないな、と感じることが多いです」。
沖縄に移住し、木工作家として活動して15年以上。今後、レパートリーをさらに増やしたいと、創作意欲は尽きません。
「沖縄の木の特徴も分かってきたので、材質を活かしたものを作れたらなって。ペンケースやテープカッターとか、文具系とか。彫り物、くり抜いたりする作業が多い、箱を組んだり……。あとは、スツールや小さいテーブル、子どもの椅子とか、小振りな家具も作ってみたいと思っています。木工の楽しさも伝えたいので、ワークショップもやりたいです」。
森田さんが手掛ける木工の中には、構想2、3年を経て、漸くカタチになるものもあるそうです。材質を活かす、モノづくりを大切にしている森田さん。それぞれの木の個性を見極めながら、上手く活かしながら、いちばん輝けるカタチへと変身させる森田さんの木工作品に、多くの人が出会えることを願っています。
<森田敦子さんProfile>
静岡出身。武蔵野美術大学短期大学部専攻科工芸デザイン科専攻木工コース卒業。
神奈川県の木工玩具制作会社でデザイン、企画を担当した後、木工作家の井崎正治氏に師事。2005年に沖縄に移住。沖縄県工芸指導所(現:沖縄県工芸新興センター)で漆の技術を学んだ後に独立。夫で漆芸家の森田哲也氏とともに、八重瀬町に「工房 ぬりトン」を設立。
Photo&text:三木愛海