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今夜は島酒紀文③ ~与那国島 入波平酒造編~

泡盛酒造所

「今夜は島酒紀文」は筆者・島酒コンシェルジュの儀部頼人が、きままに泡盛の酒造所をめぐり、その酒造所の泡盛をテイスティングしていくシリーズです。

海の灯

旅は最後の目的地である入波平酒造へ向かうのみである。だが、せっかくなので途中に景勝地として有名な東崎(あがりざき)灯台へと足を運ぶことにした。

ホワイトホースの手綱を握り、目的地に近づくにつれ、木々は腰を下げ、まるでスコットランドのような草原地帯となっていく。すると今度は腰の低い「本物の馬」が現れた。与那国馬である。まるでポニーの様な小さな体躯が特徴の与那国馬は自家用車が普及するほんの数十年前まで人々の足として生活の中にあったという。地元の人によれば、「現在では完璧にペットです」とのこと。どの馬も人間が近づいても一瞥もせず草をはんでいる。なるほど、飼いならされたペットそのものである。しかし、そこいら中に大量の馬が放し飼いにされている環境など初めての体験であるので、臆病な筆者は適度な距離を保ち、万が一にも馬の逆鱗に触れぬよう、細心の注意を払い灯台への道を進んで行った。 そして細心の注意を払うべきは与那国馬だけではない。まるで紛争状態の国境に埋設されている様な、道程に落ちている「食物連鎖の最終段階」をうまくよけて通らねばならないのだ。

やっと灯台が見えてきた。風は相変わらず強い。しかしながら、この天候がこのロケーションに何とも言えない雰囲気を与えている。「本当にここは国内なのだろうか」そんな気持ちが頭をよぎるのだ。人はこの様な場所に来ると哲学をしたくなるものである。人は何処から来て何処へ向かうのか― 筆者らしくもない難題に挑戦したくもなるものだ。そんな事を考えるよりも、泡盛の美味しい飲み方を考えるほうが余程人類に貢献できるというものだが。

最果ての蔵の灯

東崎灯台を後にし、入波平酒造へ向かう。しかし、なかなか酒造所の建物が見つからない。ナビは確かに筆者が居るこの場所を示している。視界には自動車工場と藪に入っていく脇道だけだ。

もしやと思い、広場のような藪の中へ入ってみる。するとギンネムの木々の向こう側に「入波平酒造」と書かれた看板を確認することができた。

車道からの脇道を奥に進んでいくと、広い芝生と、とてつもなく趣ある酒造所の大きな建物が現れた。

長年操業を続けている建物は、不要となった渡り廊下など一部朽ち果てている個所もあるが、藪の中に突如としてあらわれる蔵は、いかにも最果ての地の秘蔵酒を造っている蔵を体現している。

残念ながら、訪ねた日は休業日で蔵の中を確認することはできなかったが、沖縄本島で毎年開催される離島フェアでも人気の銘柄「舞富名」を造っている蔵を確認できただけでも大満足である。

製造量に限りがあり、希少性の高い入波平酒造の泡盛。

県外にはほとんど流通していないはずである。

見かけたら、ぜひ味わってみることをお勧めする。

ではテイスティングしてみたいと思う。

蔵の代表銘柄でスタンダードな「舞富名30度」詰口は令和元年7月13日である。

まずは香ばしいおこげの香りが走り抜ける。続いてハイソな家の居間に通された時のような床や家具の木の香り。そこからバタークッキーが提供され紅茶が注がれる。開いてくると、太陽に照り付けられた岩の様な香りとグラッシーな草原の香りが現れる

口に含むと口当たりは柔らかい。そこからミネラル感が混じり、すぐにおこげの香ばしい味わいに包まれる。やはり旨い。余韻のテイストは穏やかだが、アルコール感は強いように感じる。アタックの柔らかさとは対照的だ。まるで「ツンデレ」なお姫様の様である。

舞富名 30度 泡盛ボトル

今回で三社のテイスティングを終えたのだが、総評としての与那国島の酒は「香ばしくて甘い」である。三社三様に若干の違いはあるものの、トータルの酒造りとしての設計は同じである。

地酒はそこに住む人の趣味嗜好でありアイデンティティーである。つまり与那国島のアイデンティティーとは香ばしく甘い、嫌味のない純粋な人間性なのである。

ということで、次の紀文をご期待ください。

Photographs & Text by 儀部 頼人(Yorito Gibu)