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泡盛と酒器:テーマは静寂の中に潜む緊張感。美意識を追求したブルーシルエット

お酒と文化

無駄が削ぎ落とされてスッキリとしたフォルムの陶器を初めて目にした時「作り手さんはきっと神経質で寡黙な方なのだろう」と人物予想をしたのですが、工房に伺ってみて、良い意味で裏切られました。

スポーツ少年の進路がガラッと変わった日

泡盛 酒器 本田星陶所

沖縄県那覇市にある太平通り商店街の裏路地にひっそりと佇む「本田星陶所」で製作活動をされている奈良県出身の陶芸作家 本田伸明さんはお話好きで熱い方。小学生の頃は野球を、中学・高校生の6年間はバスケットに夢中な、いわゆるスポーツ少年として育ちました。

泡盛 酒器 本田星陶所

「進学校だったので、周りはみんな大学受験のための勉強をしていましたが、僕は勉強が嫌いだったのもあって大学に行くつもりはありませんでした。特にやりたいこともなかったので高校卒業後は働こうと思っていたのですが、3年生の夏休み直前に友達から誘われて京都国立近代美術館で開催されていたエディンバラの工芸展へ行き、展示されていたガラス作品を見た瞬間、体に衝撃が走ったんです」

“スポーツしかしてこなかった”本田さんは、将来の進路がガラッと変わった日のことをこのように語ります。

「中学、高校ではバスケしかしてなかったので、周りに美術系に進みたいことを伝えた時は、みんなびっくりしていました。担任の先生は『お前、何を言っているんだ?』と最初は信じてくれませんでした。それはそうですよね。音楽・書道・美術の選択授業も僕は美術ではなく書道を選択していたぐらいですから」

泡盛 酒器 本田星陶所

美術系の大学を受験するため、本田さんは高校3年生の7月から画塾に通い始めることに。

「岡山の倉敷芸術科学大学を受験したいと思いましたが、学費が高額なので親が行かせてくれるわけもなく、国公立の大学を目指すことになりました。たまたま兄の親友の親父さんが奈良界隈ではNo.1の画塾の先生だったので、そこに通うことになったのですが『24時間いつも空けておいてやるから好きにせい!』と言って応援してくださいました。大学受験を目指して通う学生や浪人生はみんなデッサンが上手くて、圧倒されました。僕はずっと下手だったんですけど、それでも諦めずに頑張り続けていたら、ある時突き抜けた瞬間があったんです。パーン!とコツをつかんだんです。その時に描いたのは、メディチ像の石膏デッサンでした」

「一度ハマるといつまででもやっていられるんです。誰も見ていない時に頑張っている自分に酔えるんです(笑)。孤独を超えて孤高になっていく自分に」

インスピレーションは身近なものから

泡盛 酒器 本田星陶所

そんな本田さんが作品作りをされる際に心がけていることは、自分の美意識や、その時に興味持っていることをしっかりと作品に落とし込むこと。キレイな空や季節を感じた瞬間、音楽や曲の歌詞で感動した時…など、意外と身近なものからインスピレーションを得ているのだとか。

そして“人”にも大きく影響されるのだそう。「例えば僕に好きな人がいたとして、その人がその時興味持っていることとか、その人が好きな本や音楽に、僕も興味を持つんです。今まで聴いたことのないクラシック音楽を聴いてみたり、ということも起きる。そしてその時の感動を形にしたいと思います。形のないものを形にするってどういうことやねん!って感じですけど、これがないと何も始まらないんです。自分だけでは気づけない部分も多いですから。ただし、最終的には自分のフィルターなので、結局、落とし込む時は自分の美意識が一番大事になってくるのですが。僕の美意識が落とし込まれて、完成するんです」

どこまでも理想を追いかけたい

泡盛 酒器 本田星陶所

美しくてカッコイイものが好き、という本田さん。

「カッコイイというものに対する憧れかもしれません。僕の思う“カッコイイ”は典型的だと思うんです。秘密戦隊ゴレンジャーで例えると、真ん中にいるスーパーヒーロー赤レンジャーではなく、横にいるちょっとクールな青レンジャーが好き、みたいな。僕がカッコつけたところで実際はカッコ良くはなれないんですけど、モノは自由じゃないですか。モノぐらいは自分の理想を追いかけたいな、という感じです」

テーマは静寂。美意識を追求したブルーシルエット

泡盛 酒器 本田星陶所

そんな本田さんは現在40歳。28歳の頃から作り始めたという「ブルーシルエット」は、本田さんが美意識を追求した作品です。テーマは“静寂”。イメージは、ピンと張り詰めた雰囲気が漂うお寺や教会に入った時に感じる空気感。足を踏み入れた瞬間ざわついていた心が静まり、緊張感と静寂に包まれるあのピリッとした感じを表現されています。

泡盛 酒器 本田星陶所

コバルト釉薬を使うことで、仕上がりは独特な青色に。内側に使うのは、シックでありながらもメタリックな釉薬。ブルーシルエットを作り始めたばかりの頃は「青い器は食欲減退の色だから」とネガティブな反応もあったそうですが、今では本田星陶所の代表作に。レインドロップ、Sakura、青白磁などコンセプトの異なる作品(シリーズ)がありますが、ブルーシルエットは特に男性からの人気が高いシリーズです。

日常を非日常に変えてくれる美しい酒器

泡盛 酒器 本田星陶所

陶器と磁器の性質を併せ持つ半磁器製のブルーシルエットは目が細かく硬質。サラリとしたなめらかな風合いが特徴です。

「薄造りにすることで『ウェーイ!かんぱーい!』という感じではないな、ということは伝わりますよね?やちむんよりも硬くてかなり丈夫ですけど、雑器のようには扱ってほしくないんです。器、酒器でありながら美術品でありたいので」

凛とした曲線が美しい酒器は、テーブルに置くとピリッとした緊張感をもたらし、いつものお酒時間を特別なひとときに変えてくれます。ちょっといいお酒が手に入った時や、大切な人をおもてなしする日、今日はゆっくりお酒を嗜みたい…そんな日のために、本田星陶所のブルーシルエットの酒器を準備しておきたいですね。

本田星陶所
https://www.hondaseitousho.com

Photo &text:舘幸子