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泡盛と酒器:琉球錫文化を現代に繋ぐ「金細工まつ」上原さんおすすめの古酒の味わい方(後編)

お酒と文化泡盛

『金細工まつ』特集の前編はコチラ

「泡盛とフルーツグラノーラってよく合うと思うんです」 

こう話すのは、沖縄で唯一の錫(スズ)職人 上原俊展(うえはらとしのり)さんです。
神奈川県出身の上原さんは大学で金属工芸やデザインを学び、卒業後は富山県へ。約10年伝統工芸高岡銅器の現場で職人として腕を磨き、その後沖縄県に移住をしました。移住の理由は、100年ほど前に途絶えてしまった“錫文化”を復活させるため。 

近代工業化の波に押されて途絶えてしまった錫文化

「琉球王国時代には、錫製の祭祀道具や酒器が使われていました。かつて沖縄には300年以上続いた錫工芸の文化があったんです。近代工業化の波に押されて衰退し、途絶えてしまいましたが、同業者として気にかけていました。評価もされずに朽ちていくのを、見て見ぬ振りはできませんでした。玄関の前に弱っている子猫がいたら、見捨てられないですよね?生活が苦しくなるのは始める前から分かっていましたが、沖縄に錫文化があったことが皆の記憶から消えて“なかった”かのように思われるのは寂しかったんです。金属は一通り扱えるので“自分がやらなければ”と思いました。目の前にあるのに、放ってはおけませんよ…」 

名前の由来は、亡き祖父への想いから

2015年に自身の工房を立ち上げた上原さんは、工房名に「まつ」と名付けました。実は沖縄にルーツがあるという上原さん。 

「祖父が沖縄の人でした。本土復帰後、祖父は家族を養うために沖縄を離れましたが、“沖縄に戻りたい”という思いは常にあったそうです。直接祖父の口から聞いたことはなかったのですが、2013年に父親と沖縄旅行に来た時に、祖父の思いを初めて知りました。祖父は亡くなってしまいましたが、名前だけでも沖縄に帰してあげたいと思い、名前の「松」と名付けたんです。それに、松の緑色は1000年も変わることがないと言われ、不老長寿の象徴とされていますから。縁起がいいですよね」 

100年振りに沖縄に錫文化を復活させた上原さんは、琉球王国時代の文化遺産を復元する事業に関わりながら、錫文化の“新しいカタチ”を提案されています。

「錫産業がなかったですし、職人さんもいないので知る術がないわけです。復活するには壁だらけでした。ですが、泡盛と錫の深い関わりのように可能性のある要素はたくさん残されていると感じています」と上原さん。 

リサイクル性の高い錫。その特性は…

純度の高い錫は融点が低く、また手で曲げたりカッターナイフでも削れるほど柔らかいので加工がしやすいそうです。焼き物の場合は失敗するとどうしようもできませんが、錫の場合は溶かしてまた使えるのでリサイクル性が高く、環境にも良い材質といえます。純度が高いものは変色しづらく、しかも錆びません。そんな錫製の酒器や花器は一生使うことができます。 

こちらは、長い茎のままお花を活けられる一輪挿し。花を引き立てるため、花器は控えめ。花の強さや茎の美しさもしっかり見せるために作られた一輪挿しで、本体は小さいのですが、ずっしりとした重さがあって安定しています。錫には水を浄化する作用があり、雑菌の繁殖を抑えるため水が腐りにくく、花を長持ちさせるという効果も。見た目だけでなく使い勝手も良いので、プレゼントにもぴったりです。 

鍋職人から譲り受けた砂で作るお箸置き

浮いているように見えるお箸置きは、3年ほど前に幕を下ろした沖縄最後の鍋職人への思いから誕生しました。鍋職人は戦後、沖縄の食文化だけでなく染織工房(染色する際に鍋を使用したため)を裏で支える大事な役割をしていたのです。「戦前から活躍されていた鍋職人がひっそりと工房を閉められたのを知った時は、心が痛みました。錫もそんな風に消えていったんだろうなぁ、と重ねる部分もありました」と話す上原さんは、そんな鍋職人への敬意と感謝の念を込めてこの箸置きを制作。沖縄の鍋は、砂で型を作り、金属を流し込んで作られていました。上原さんは鍋職人からその砂を分けてもらい「砂に水を加えて固め→錫を流し込み→砂を崩して品物を取り出す」という、鍋づくりと同じ技法で箸置きを制作したのです。 

型どりに使うこの砂は水を足せばまた使えるのだそうで、リサイクル性も良いそうです。「錫と一緒ですね」と上原さん。錫のことを知らない方も多いので、上原さんは“現代人のライフスタイルにも溶け込むアイテム”を作るよう心がけているそうです。 

「かつての沖縄に錫文化があったことを知ってもらうための“きっかけのきっかけのきっかけ”ぐらいになれば…と思っています。そのために、まずは手にとってもらうこと、錫を知ってもらうことが重要ですね」 

錫の酒器で泡盛をよりおいしく

(画像提供:金細工まつ) 

上原さんはご自身で作られた錫製の酒器を手にとって、おいしい泡盛の飲み方の提案もしてくださいました。 

「琉球王朝時代に祭祀道具として使用されていた“シュデー”と呼ばれる酒器をイメージした片口と盃です。錫製の酒器は古酒をまろやかにし、香りを引き立ててくれます。ちびちびと舐めるように嗜んでみてください。古酒にはフルーツグラノーラがよく合うんです。意外な組み合わせだと思うんですけど、穀物の香りとドライフルーツの香りと甘み、ほのかな酸味が古酒の良さを引き立ててくれるのかもしれません。クラッカーとジャムという組み合わせもよく合いますよ」 

「よく『家に古酒があるけど、飲み方が分からない』とお客様がおっしゃられているのを耳にします。『何と合わせたら良いのか分からない』と。寝かせているでは非常にもったいないと思っています。“他のお酒は飲むけど泡盛は飲まない“という方に、古酒の新しい楽しみ方や魅力を知っていただきたいです。泡盛の本来の形式は「古酒」。常温で飲むことがベースで、そう楽しむように作られています。それを知らずに氷を入れたり、ソーダで割ったり、アレンジレシピの方が押されるのは惜しく感じています。古酒の根源的な魅力を知っていただきたいです。ケーキとシャンパンのように、ケーキと古酒を合わせてもらうと新たな発見ができると思います。」 

伊是名島の尚円太鼓は上原さんお気に入りの1本。アルコール度数が12%と低く、水で割らずにそのまま飲める泡盛です。

錫は泡盛だけでなく、水やビールもまろやかにするそうで、現在錫製のビールグラスを製作中なのだとか。「錫文化が途絶えないよう、現代人や沖縄に来る観光客が手に取りやすいものもどんどん増やしていきたいと思っています」と上原さん。 

いつものグラスを錫製に変えて、あなたも香りや味の変化を体験してみませんか? 

金細工まつ 
https://www.ryukyu-matsu.com

Photo&text:舘幸子